ぼちぼち続きます。
サイトにアップするまではこっちに上げる予定~
雨は嫌いだ。
グラウンドはぐちゃぐちゃになるしボールも水を吸って重くなるし思うように外で練習が出来ない。
だけど、雨は好きだ。
こうして傘も差さずに立ち尽くしていると、自分のこともきれいに洗い流してくれるような錯覚に陥る。まぁ、錯覚だから実際は単に雨に濡れているだけなんだけどな。
部屋にはいたくなかった。同室の友人は自分と違って誰にも認められているから、一年になってすぐにレギュラー入りしてもなんの問題もなかった。人当たりのいい優等生なんて、やっかまれる筆頭だと思ったんだけどな。どうやら違うらしい。
しかし自分はどうだ。
死に物狂いで練習してやっと掴んだレギュラーの座。
どうして、自分があんなことを云われなければならない。
何がまぐれなものか。
まぐれでレギュラーを掴めるほど、武蔵森サッカー部が甘いものではないのは自分たちが一番わかっているはずではないか。
努力した。
部活はもちろん全力で打ち込んだし、こっそり寮を抜け出して誰にも内緒で特訓だってしていた。
だからこのレギュラーは不正でもまぐれでもない、自分の実力で勝ち取ったものだ。
それなのに。
「・・・・・・・・・」
身体に当たる雨粒が痛い。
雨の日の公園は、人っ子一人いなくて好都合だった。こんな姿、いくら見知らぬ通行人であっても見られたくない。
きっと渋沢は自分を心配しているだろう。あいつはそういうやつだ。お人よしで誰にでも優しくて、それを自然にやってしまえるやつ。すごいと思う。見習いたいとは米粒ほども思わないが。
けれど今は、その優しさが自分には辛いのだ。
認められた渋沢。
認められない自分。
どうしても、僻んでしまう。羨んでしまう。妬んでしまう。
自分のせいでも、まして渋沢のせいでもないのに。
今の心理状態で渋沢の顔を見たら、確実に八つ当たりをしてしまうのがわかっていた。これでも自分のことは冷静に見つめられているつもりだ。自分のプライドが山より高いことも、素直でないことも、ついでに口が結構悪いことも知っている。
だから。
まだ、帰れない。
歯を食いしばった瞬間だった。
ジャリ、と背後から足音が聞こえて振り返る。雨音は激しくて、もしかしたら通行人がいたことにも気付かなかったのかもしれない。いくら人通りの少ない場所の公園を選んだとはいえ、誤算だった。
その足音がさっさと通り過ぎてくれることを祈っていたのだが、振り返って気付く。
自分に向かってくる人がいた。
呆然としながら、近付いてくるその人を観察する。水色の傘を差し、膝丈のフレアスカートにセーターというシンプルな格好で、黒くて長い髪が印象的で。
しかしそれよりも、自分をまっすぐに見つめてくるその強い眼差しが、酷く自分の心を惹き付けた。
あんな女は知り合いにはいない。
少なくとも、会ったことはない。一度でも会えば、きっとあの眼は忘れられないだろうと断言出来た。
ということはつまり、知らない人。
なぜ知らない人が自分に向かって歩いてくるのか、理解出来なかった。
なんとなく動くことが出来ずそのまま立ち尽くしていると、その女は片手に持っていた黒い傘を自分に差し出してきた。
なんだ。
どういうことだ。
戸惑って傘と女を交互に見ていると、女は小さくため息をついたあと黒い傘を広げ、それを改めて差し出した。
雨が途切れる。
ぼつぼつと、傘に当たった雨粒が喧しかった。
「風邪、引きますよ」
雨の音がうるさいのに、女の声はよく聞こえた。
不思議だったし、他人にそんな心配をされる覚えはなかったが、なんとなく素直に傘に手を伸ばした。
傘をしっかり掴んだことを確認すると、女は小さく笑った。
きれいだと、思った。
「おい、お前・・・」
「風邪なんて、引いている暇はないでしょう?」
「!」
そう云って女は踵を返してしまった。帰るらしい。
思わず傘を強く握り締めながら、呼び止める。自分の行動が、今はよくわからなかった。本能だったんだと思う。
ただ、このままにしたくないと思う自分を止められなかった。
「傘、いつ返せばいい」
「・・・結構です。どうせ、来客用の傘だから」
「じゃあ、名前教えてくれ」
「・・・・・・・・・」
数歩歩いてから、女はぴたりと足を止め、もう一度こちらを振り返った。
強い眼差しは相変わらずで、まっすぐに引き締められた口、長い髪がゆるい風に揺れている。
何故だかはわからないし、根拠なんてない。
しかし直感していた。
こいつは、俺と似ている。
まるで鏡を見ているような気がしてしまったのだ。
たった少し会話をしただけでこんなことを思うなんて、自分も大概参っているなと思いつつやめようとは思わなかった。
もったいないと思った。
「雨が」
口を開いた女が云ったのは、名前ではなかった。
雨が、と云った。
首を傾げて次の言葉を待つ。
すると女は、凛とした声で云った。
「雨が上がったら、今日のことは忘れてください」
「・・・は?」
「そのほうがお互いのためですよ・・・三上亮くん」
「お、おい!?」
名乗っていないはずなのに、自分の名前を知っていることに驚いた。
どういうことだ。
思わず一歩足を踏み出した。
びしゃり、と水溜りに足を突っ込んで泥水が盛大にはねる。
そのまま歩き出そうとしたが、女が手を上げたのでハッとして動きを止める。
止まれの合図。
それ以上、こちらに来るなという拒絶の合図。
息を呑んだ。
「あなたが人一倍努力していることを知っている人はいます」
「!」
「だから、自信を持ってあげないとあなたが可哀想ですよ」
「・・・なんで・・・・・・」
「さよなら、もう二度と会いませんように」
最後に小さく微笑んで、今度こそ女はいなくなった。
傘を差したまま、呆然と佇む。雨が上がる気配などなく、そういえば天気予報で一週間は雨模様だと云っていたことを思い出す。
いつの間にか、サッカー部の上級生に云われた言葉はどうでもよくなっていた。
まぐれ?勝手に云ってろ。そのうち何も云えないくらいになってやる。
認められていないなら認めさせればいい。武蔵森に三上ありと云わせてやるから覚悟しろ。
そんなことより、あの女。
あの眼、あの声、あの言葉。
すべてに惹きつけられた。
何が二度と会いませんように、だ。
雨はまだ降っている。
忘れるものか。
探してやる。
雨が降っているうちに、あの女を探し出す。
どうやら年は近そうな感じがしたし、もしかしたら武蔵森の生徒かもしれない。
明日学校に行ったらさっそく行動開始だ。
そうと決まればさっさと寮に戻って宿題を片付けて寝てしまおう。宿題を後回しにしようとすると渋沢がうるさいのだ。
寮に向かって歩き始めた足は、驚くほどに軽かった。
三上亮、13歳。中学二年の雨の多い夏の出来事だった。
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というわけで再始動。大分書き直して原型ないけど、向かう場所は変わってません。
渋沢は中学入ってすぐレギュラーになったけど、きっと三上は2年に上がるまで2軍だったよという妄想。そんでキャラがキャラだからやっかみの対象になりやすい、と。
あああ説明しなくても察してもらえる話にしたいな!中学生らしくないことばっかりですが、そこはほら、私の妄想だからしょうがないと思っていただけると光栄です・・・
ぼちぼち続くので、よろしくお願いします!
20120109 from Canada